表参道ソフィアクリニック
・人生訓のようなところ。
・生きていく際の考え方のようなもの。
この作品は、パウリヌスという人物に呼びかけており、彼に宛てた書簡のような体裁になっています。パウリヌスは、セネカの近親者、あるいは父親ではないかという説もあります。この人物は、ローマ帝国の食糧管理官の任にあり、国家の食糧供給を司っていましたが、これが非常に責任も重い職で多忙を極めていました。彼はきちんと仕事をこなしているのですが、セネカはこの人に、退職して、忙殺されるのでなくて、ゆとりある生活のなかで本当の生を送ることを勧めています。それは神を見いだすような観想の世界にひたる生活です。多忙とはラテン語ではオパッツィオで占領されているという意味であり、英語ならばoccupyed,フランス語ならoccupéです。
しかし、人々の食糧の供給という大切な仕事を誰がやるのか?やらなくていいのか。やり方がまずいのか。取り組み方が悪いのか。
冒頭、人生は使い方次第で長くなるのに、それを浪費して短くしてしまうということを述べています。
人生の時間の長短は、量で決まるのではなくて、質で決まると考えています。
富、快楽、自分の能力の誇示など、約めて言えば欲望によって、人生と人生の時間を無駄に過ごしがちです。こういったことは多くは、人から見た自分を向上させたいということに基づいています。自分の人生を他人たちに侵食されているのであり、自分のために生きていない時間はどれほど多いことか。人々は自分が永遠に生きるかのように思っていて、自分の時間の多くを無駄にしている。こうして自分のために生きている時間がすくなくなります。
多忙は生きることから最も遠く離れていて、多忙な人は仕事に栄誉を感じていながらも、いつになったらこれが終わるのだろうか、休めるのだろうかと考えていています。
いずれも人生の浪費であり、そのことに気づくことが大切だ、それが難しいと言うことなのでしょう。長く生きることと、長く存在することは違います、つまり真に生きることと、生物学的な生はことなります、前者は航海だとすると、後者は風に吹かれてあっちに行ったりこっちに行ったりです。そしてタイトルに「人生の短さについて」とあるように、人生の短さに改めて気づくとともに、「時間」の重要性という観点から考え直してみるように促しています。この時間は時計で計測できるような物理的な時間ではなくて、時間の過ごし方のことです。時間は、ともすればあまりに無価値なものとして流れやすい傾向があるのです。人生は短いのだから、時間の過ごし方について、よく省みるように促しています。これはとても大切な観点です。
しかし、著者は同じようなことを何度も何度も繰り返して、一定の範囲のなかでのヴァリエーションに終始しているようにも思われます。こうもクドクドと同じようなことを延々と語られたら、倒錯的な傾向を持つ人間ならば、享楽の限りを尽くしたくなるかもしれません。つまり、なるほど人生は短いだろう、ならば思う存分自らの心が命じるままにあらゆることをやってやろうと。セネカが5年間、顧問と家庭教師をしていたネロ皇帝は、セネカの教えることと真逆のことをやって見せて、歴史に名をとどろかせる暴君となり、最後はセネカに自殺を命じました。
それにまた、あれもいけない、これもいけない、と言い過ぎです。多飲酒、貪食、淫乱の戒めは頷けるものの、例えば、器(当時なら青銅器)に凝るのはいけない、レスリング観戦もよろしからぬ趣味(つまり少年愛)になりがちだからいけない、歌は勧められない、ボードゲームも球技もだめ、日光浴も馬鹿らしい、雑学は無意味だ、といちいちあげつらってダメ出しです(とくに過去のローマの歴史についての雑学がくだらないと言っています)。セネカ自身もこれらのことを「一つ一つ挙げていくときりがない」と言っています。要するにいけないという理由の重要ポイントは「閑暇(かんか)」という考え方です。「閑暇」とは、上の「多忙」に対立することばですが、セネカは閑暇を善きものと捉えていて、上の諸々の行いは閑暇のように見えて、欲望によって次々に生じる空虚な多忙なのであって、実は閑暇ではないと見なしています。セネカは質のよい真の閑暇の大切さを説いています。真の閑暇とは英知を手にするために時間を使うことです。そのような人だけが生きているといえると。過去のすぐれた哲人は、われわれのために生きていて、新たに光を当てられることによって、われわれに生き方の手本を示してくれます。それについてセネカが例として挙げているのは、ソクラテスの対話、カルネアデス(懐疑派)の懐疑、エピクロスの安らぎ、ストア派の人間の性(さが)からの自由などです。ゼノン、ピュタグラス、デモクリトス、アリストテレス、テオフラストスなども挙げてています。哲人たちとの交流によって、すばらしい老年期を送ることができるといいます。親を選ぶことが出来ないが、彼らこそ私たちの親であり、財産を受け継ぐことも出来る、と。また、神に思い至るような生活です。これらの生活を総じて、名前は出ていませんが、これはアリストテレスの「観相」のようなイメージもあります。
・いちいちあれもこれもいけないというところが言い過ぎ。
もろもろの歴史的な出来事や事績や記念碑などは一切合切ひっくるめて全部無意味であり、いずれ滅びるものである、と決めつけています。
・過去とは、事実の単なる集積ではなくて、なにかもっと意味があるはずです。歴史を何と考えるのでしょうか。ここでは過去の歴史を生きた偉大な人たちから学ぶことが大切だとみなしています。
・過去の賢者たち哲人たちを崇拝しすぎです。たとえば「神のごとき賢者の前にひれ伏すのだ」という言葉に表れています。また過去の哲人たちとの交流によって、人生の本物の時間が増えて、さらには「永遠」へ道が開かれ、「不死なる生」を得る唯一の手段だといいます。人生の本物の時間が増えるというのは認めることが出来ても、そこから先の流れについては、次第に意味が不明になってきます。ただ、神ではなく、英知を通じて、というところがより現実生活に近い面があります。
vanitéは虚飾と翻訳されたりしますが、vanitéの行いと品々と生活についての観点も重要です。
結局はこういった生活を推奨しているようです。
仕事なんかしなくてもよいという極端な結論になる傾向にもあろうかと思われます。この点でも極端な意見になりがちですが。少なくとも仕事への心構えや取り組みについては重要な見解になるのではないかと思われます。うつ病が多いといわれている世相のなかで、職業についての取り組みの検討にもなるか。
仕事については他人に同調して生きなければならない、他人の言いなりにならないといけない、いくつもの屈辱を重ねて名誉の頂点を目指しても、最初から最後まで自由がない。自分のものと思うところが非常に小さいといいます。
また働くことに疲れる以前に、すでに生きることに疲れているといえそうだ。
仕事をどう取り組むのか、人生についてどのように考え、どのように過ごし、何を行うのか、ということについて、根本から考え直すきっかけにもなりうると思われます。
この作品は、セネカがコルシカ島での8年間の追放の日々から解放され、ローマに戻り、ネロの教育と政治的補佐に携わった頃に書かれたものです。
年下の親友であるセレヌスは、質素な生活と学問を愛し、政治への思いをいだく青年ですが、官僚としての仕事や生きることに悩みが多く、それをセネカに話をして、病気を突き止めて助言してくれることを望みます。セネカは、上から目線で教訓を垂れるのではなくて、ただひたすら善き生活に徹するように勧めるのでもありません。「できるだけ悪くない人であるなら、それでよいのだ」といいます。何世紀もの間、本物の賢者を探していても、この世の中に本物の賢者はいない、といいます。セネカも本物の賢者ではありません。いわゆる賢者とは、日常生活のなかで生きる、雑種のような存在です。
ストア派は、仕事と生活をどのように取り組んでいくのかという実践哲学でもあります。エピクロス派においては「隠れて生きよ」という考え方がありましたが、ストア派は、政治に携わり国家の発展のために働くことを推奨しています。セネカも執政官に次ぐ役職である法務官や暴君で有名なネロ帝の補佐にも携わっています。
まず意外なこととして目を引くのは公職に対するセレヌスの思いです。すなわち「すべての国民、ひいいては全人類にもっと奉仕」したいと言っています。国の発展のためだけでなくて、人類全体の発展に向けての奉仕です。すべての国民とは「奴隷」や「異民族」を含んでいます。これは建前もあるかもしれませんが、当時のローマにはストア派以外にそのような建前があったのでしょうか。セレヌスのこの思いの強さはいかほどのものなのでしょうか。そういえばカエサルの『ガリア戦記』においては、ガリー人の平和と発展を願っているようにも思えます。その点が、カエサルが単なる征服者ではないことを示しています。そして、ローマ市民とされる人々はローマ出身者だけでなくて次第にローマ帝国内の人々にまで解釈の範囲が拡がっていったし、ローマ皇帝は、しだいにローマ出身者以外にも開かれるようになっていました(辺境を統治するために軍事的な理由もあったのでしょうが。とくに軍人皇帝の時代)。また奴隷への虐待を禁止する法律を制定したのはカリグラやネロなどの三悪帝ののちの五賢帝時代つまりマルクス・アウレリウス(ストア派)の治世においてでした。
全人類とはローマ帝国の領土内の人々だけなのかもしれないとおもうのですが、ここではおそらく帝国以外の人々も含めて、人間全体なのでしょう。「全人類に奉仕する」という発想があることが驚きです。ストア派の人類全体の発展、平等な個人などの理念は、ソクラテスの弟子であるアンティステネス に発するキュニコス派における「世界市民」の考え方を引き継いでいるようです。ストア派の祖であるゼノンの師匠がキュニコス派でした。ですからこの人類全体の発展とは、古代ギリシアのソクラテス周辺に由来しているということになります。余談ですが、セネカとキリスト教徒と交流していたのかもしれません。当時のローマではキリスト教徒は人口の1パーセント未満で、少数派であり影響力も小さかったのでしたが、セネカはネロからキリスト教徒とローマ市放火を共謀したと咎められました。放火はえん罪でしょうが、キリスト教徒と交流があると言うことは知っていたのではないでしょうか。
さて、セレネスの手紙には、人の役に立ちたいという率直な気持ちがあらわれています。すなわち「勇ましい物語を読んで心が鼓舞されたり、立派な行いに触れて刺激されたりすると、僕は公共広場(フォルム)に飛び出していきたくなります。誰かを弁護してあげたり、誰かに力を貸してあげたくなるのです。」そして高慢な成功者たちの鼻をへし折りたくなるといいます。そして、高まる感情にともなって表現が大きくなりがちだというようなことも話します。これがセレヌスのいう自分の病状です。
それに対してセネカは答えて話します。セレヌスはもはや症状が少し遺っているもののほとんど病気から回復しているので、最後の仕上げみたいなものだ、と。
まずデモクリトスなどのギリシア人の「快活(エウテュミア)」をとりあげて、セネカはそれを「安定(トランクイリタス)」と解釈します。すなわち、喜びを遮られることなく、穏やかな状態を保つこと、そして自己を眺めること。どうすればこのような「安定」に達することが出来るのかを考察するのが以下の論点となります。以下では、一般論として述べているので、おのおのが必要とするものを選んで「服用」すればよいといいます。
あれこれと大きな欲望をいだき、それらが叶えられないと、腹を立て、そして自己嫌悪に陥る。やっても報いられないから、無気力で、無為的で単調な生活になります。この生活にはうんざりします。ある者は学問に逃げ込んだりします。また他人の成功に対する激しい嫉妬もするようになります。あるいはすべての人の破滅を願います。また変化をつけることで、つまり気晴らしや旅行をすることで無為的で退屈になってしまった生活を紛らわせたり逃れようとします。でも本質は何ら変わりありません。ですから自分の本質である欠点をよく自覚しておくことが大切です。
官職などの公の仕事でなくても、人類、国、他人のために活動することが出来ます。またそもそも仕事での活動ではなくても、人間としての義務を果たすことが出来ます。
仕事と閑暇の両方を持っておくべきです。もし仕事がだめならば閑暇のほうに重点をおけばよいといいます。閑暇には例えば学問や思索があります。できれば両方を両立させるのがよいと思われます。
これはいまでいう仕事の「適性」のことです。自分自身の気性、性格が仕事に向いているのかどうかを知っておくことが大切であるといいます。場合によっては閑暇のなかでの学問や思索に向いている人もいます。
また仕事の量は自分のもっているキャパシティを超えないことが大切です。
相手を見ること、選ぶことが大切です。その友に時間を費やしていいのか、感謝はしてくれるのか。できるだけ欲の少ない人がよいといいます。これらは括ってしまうと、図々しくない人が友として相応しいということです。また善き人であることが大切です。これは完全な善人というわけではなくて、できるだけ悪の少ない人がよいということです。
どこにどういても、何かに縛られるものだから、自分の今の境遇に慣れるように。あまり上へ上へと目指しすぎないように。欲望の限度をわきまえるように。今の境遇が変わるときには、またその環境を受け入れなかけらばならないときもあります。物質も魂も自己の所有というより、当面の間、貸し与えられたものです。よく生きた人は、それを返却するときには、感謝して返却するものです。人は生まれてきたところに帰ります。人は自分には決してそのようなことが起こらないと思うものです。しかし現実はそうではありません。「誰かに起こりうることは、誰にでも起こりうる」のです。いざ生じてみて「こんなことが起こるなんて、思いもしなかった」というのは全く見当違いです。貸し与えられたものはいつか返却せねばならず、しばらく高みに引き上げられたものも、また地に戻るのです。
こういったことは、セネカが私有という考え方に疑義を呈しているとかと思われます。反私有制の思想の系譜について根源の一つに遡って考えることが出来るかと思われます。そのポイントの一つが、そもそも生命や財産は、借りてきたものであるという着想にあるようです。借りてきたものだから、それを返却するときには、感謝するものだということです。そのような心境に至れるのは、善き生き方を出来たということです。善き生き方というのが必須の要件のようです。人間はあまりに多くの物や権力を手に入れすぎると、何らかの迷妄に入りやすいのでしょう。
何の成果ももたらさない無益な仕事は、不必要だから、やり過ぎはよくない、少ない方がよいです。また必要な仕事であれば、たくさんやればいいです。
もっとも何が有益な成果なのかという価値基準が重要です。これは動機や目標に関わります。この価値基準は単に貨幣価値に換算された数字のことをいっているのではありません。ここでは、自分にとっての価値、生きる上での本来の価値を向上させることが基準になっています。
ただ数字の増大を目指すような仕事がいけない、というわけではなくて、そういう動機や目標で仕事をするのは少ない方がよい、それ以外の本来の動機や目標で仕事をするのであればどんどん増やせばよい、ということのようです。
賢い人とは、自分が望んだとおりにことがうまく生じるということだけではなくて、それ以上に重要なのは、賢い人は、考えたとおりに物事が生じるということです。この表現には言葉の綾があります。つまり考えたとおりに物事が生じるとは、予定通りに物事が進むのという意味ではなくて、不測の事態が生じるものだ、ということを知っていると言うことです。何か思いがけない重大事が発生しても、過度に運命に翻弄されないということです。ゼノンは船が難破した知らせを受けて、全財産が海に没したことを聞くと、彼はこう言いました。「運命が私に命じているのだ。もっと身軽になって哲学せよ」と。あるいは、こういった運命を感じるときにこそ、哲学が発生するのかも知れません。
もっとも、この不測の事態を予測して、事前に防ぐ対策をあれこれと講じたり、発生したらしっかり対処するということも不可欠です。