表参道ソフィアクリニック
1880年 ゴッホ(27歳)は画家を志しほぼ独学で絵を学びました。
1883年 ゴーギャンは画塾に通い画家との交友もあり、34歳の時に一念発起して画家への道を進みます。
ゴーギャンの方が少し先輩にはなりますが、ゴッホとゴーギャンは大人になってから、そして同じ時期に絵を描き始めました。
ゴッホ展 上野の森の美術館 2019年11月
彼が画家として独自の画風を確立するまでには「ハーグ派」と「印象派」の画家たちとの出会いがありました。本展では、彼に影響を与えた画家たちの作品を交えながらゴッホの画業の変遷をたどり、ゴッホが後期印象派を代表する画家の一人になるまでを紹介します。
ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント 2021年12月 東京都美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の芸術に魅了され、その世界最大の個人収集家となったヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869-1939)。ヘレーネは、画家がまだ評価の途上にあった1908年からおよそ20年で、鉄鉱業と海運業で財をなした夫アントンとともに90点を超える油彩画と約180点の素描・版画を収集しました。ファン・ゴッホの芸術に深い精神性を見出したヘレーネは、その感動を多くの人々と分かち合うべく、生涯にわたり美術館の設立に情熱を注ぎました。
本展では、クレラー=ミュラー美術館からファン・ゴッホの絵画28点と素描・版画20点を展示します。また、ミレー、ルノワール、スーラ、ルドン、モンドリアンらの絵画20点もあわせて展示し、ファン・ゴッホ作品を軸に近代絵画の展開をたどる、ヘレーネの類まれなコレクションをご紹介します。
風景や人物のデッサンが多数あります。どことなく不足のある不手際な感じさえあっても、十分に絵の素質があるものと思われます。
人物のデッサンでは、人物の形象と内面の精神性を併せもと存在として描いています。
風景においてもその精神性を表しています。
そしてゴッホはリアリストです。
ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント 2021年12月 東京都美術館にて
以外かも知れませんが、ゴッホはリアリストとして画業を出発しました。リアリズムとはありのままに描くという意味もありますが、それ以上に現実を描こうとするものです。ゴッホにとっての現実とは自分の身の回りの事物であったり、農民たちの生活であったりです。そのために彼は農民画家にもなりました。農民画家とはリアリストです。
器と洋梨のある静物 1885年
ゴッホの初期の作品の注目の逸品です。
無骨で、なかなか力強く、それなりの見栄えがします。技術的にはまだかも知れませんが、それにしても、たいへんゴッホの重要性と存在感を示すような作品でもあります。
ゴッホ展 上野の森の美術館 2019年11月
オランダ時代からドラクロワの色彩理論を参照していました。
1886年 春頃 37歳ごろ パイプをくわえた自画像
1886年9-11月、パリ 油彩、カンヴァス
ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
©Van Gogh Museum, Amsterdam
(Vincent van Gogh Foundation)
しっかりと描かれています。濃厚な絵の具の使い方です。オランダで研鑽を積んだ絵画技法の習得の成果を自画像として描いています。上達の早さが顕著です。
もっともこの後は、まったく違う絵画へと方向転換して、これまでの成果も基礎にはあったでしょうが、心機一転、新たな再出発となります。いったん到達したことを放棄するところにも、芸術的な独創性が宿りやすいでしょう。
参考
洋梨のある静物
1887年の作品です。2年で大きな変転を遂げて、技術的な向上の進達にも目が引かれます。
34歳ごろの自画像です。パリに滞在していた頃のものです。まだ見通しが立たない、過渡的で変遷の時期です。この時期の肖像画もいいですね。翌年1888年にはアルルに向かいます。ゴッホの画風はこの頃から大きく変わります。この頃、よく知られているゴッホの画風、つまり明るく、色彩豊かで、筆触が大きく、分割法のような画風が現れます。この時期の代表作としては『タンギー爺さん』が有名です。ゴッホらしい画風の一番最初の時期の自画像です。そしてこれからに向けて希望も満ちていて、実際、今後大きく向上します。
自らの画風に完全に支配されたかのような自画像です。それに狂気(精神病という意味ではなく)も滲んでいます。そして強い意思、かつて破綻を経験したことがある男の顔。この男の顔には、かつて受けた傷が瘢痕として遺っています。そしてこの傷跡は現在活動中です。
(The Metropolitan Museum of Art, 2018)
高画質 :これは高画質ですが黄色が不自然にきつすぎです。
---------1888年2月 アルルに到着---------
南仏にいってから以降は、できれば何年何月に描かれたのかも把握しておくとより良いと思います。季節感もわかりやすいです。ゴッホの軌跡が見えてくるような思いがしてきます。
アルルに到着した春に黄金色の画法で描くようになりました。
レモンの籠と瓶 1888年5月
ひまわりの絵と同じような描き方です。新しい画風が確立しました。このレモンの絵について「天国のよう」という評もあります。
1888年6月
フィンセント・ファン・ゴッホ 収穫 1888 油彩、カンヴァス ファン・ゴッホ美術館 (フィンセント・ファン・ゴッホ財団) Vincent van Gogh The Harvest Oil on canvas Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
「他のすべての作品を完全に圧倒する」と自ら記した自信作です。(フィンセント・ファン・ゴッホ、1888年6月、テオ宛の手紙)
収穫のさまざまな段階がひとつの画面に描きこまれています。
この作品はゴーギャンが到着する前の作品です。
同年7月ベルナールに宛てた手紙では「あの平坦な土地、そこには何もない、・・・・あるのは無限・・・・永遠だけだ。」
1888年6月ごろ 種まく人
これも黄金色です。
太陽とは、神としての太陽でもあります。
オレンジ色と紫という補色の関係にある色を用いています。
1888年8月
ゴッホの黄金色のひまわりです。ひまわりの連作の中でも特に黄金色に輝いています。照明の具合があるにしても、それにしても、やはり黄金色に輝く、素晴らしい一品です。その点では、ひまわり連作の中で最高のものでしょう。
さまざまな色の黄金色のコンビネーションになっています。背景の黄金色が特に輝いています。背景の彩度を高めるという、通常とは逆をやっている事が、ここでは効果的のようです。
ナショナルギャラリ−2018年1月
1888年2月にアルルに到着し、同年の8月にこの作品が描かれました。ヒマワリは夏に開花する花です。1887年パリにいた頃の絵画に比べても、すごく早い向上です。
カミーユ・ルーランの肖像 1888 油彩、カンヴァス ファン・ゴッホ美術館 (フィンセント・ファン・ゴッホ財団) Vincent van Gogh Portrait of Camille Roulin Oil on canvas Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
1889年9月 黄色い家(通り)
空疎な余白ながらも、なにか記念碑的な感じさえする作品です。
ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント 2021年12月 東京都美術館
1888年
この椅子も黄金色に見えます。これも照明に具合によるものでしょうか。
大変良い作品です。
ナショナルギャラリ−2018年1月
1888年11月
フィンセント・ファン・ゴッホ ゴーギャンの椅子 1888 油彩、カンヴァス ファン・ゴッホ美術館 (フィンセント・ファン・ゴッホ財団) Vincent van Gogh Gauguin’s Chair Oil on canvas Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
夜であり、幻想的。狂気への発作の予兆。嵐の前の静けさ。ゴーギャンの想像と幻想の世界。ゴッホによるゴーギャンの象徴的肖像画です。
ゴーギャンとの共同生活が破綻する前の作品です。
椅子の上には書籍が2冊とろうそくが一本。
ろうそくは生命が有限であることや虚しさ、そしていかにもファリックな象徴であるように見えます。
ゴーギャンとの関係がこじれて危機的な精神状態のなかで、1888年12月23日 、ゴッホは自分の左耳の一部を切り落とすという自傷行為を行いました。この事件をきっかけにゴーギャンはアルルを去り、パリを経由してふたたびブルターニュに移り住みました。ゴッホは精神病院に収容されました。
1889年5月に、自らの意思でサン=レミの療養所に入所しました。1890年5月16日に退所しました。そしてパリ近郊のオーヴェル=シュル=オワーズに移転しました。
このおよそ1年間のサン=レミでの療養所生活の時代は、ゴッホの画業において、アルル時代とならび、とても重要な時期でした。ある意味この時期にゴッホの画業の2度目の絶頂の時期を迎えたと言っていいかと思われます。このような療養所でベストの時期を迎えるということが、また特異なことです。
1889年1月はじめ
タマネギの皿のある静物 1889 油彩、カンヴァス クレラー=ミュラー美術館 Vincent van Gogh Still Life with a Plate of Onions Oil on canvas Kröller-Müller Museum, Otterlo
1889年1月は時期的には精神病院での入院期間中です。
パイプ、タバコ、コーヒー、アブサンの瓶などファン・ゴッホが自身に許されていた数少ない嗜好品や、健康に関する書物、頼りにしているテオを想起させる手紙、それに封をするための蝋と蝋燭などが描かれています。蝋燭は、《ゴーギャンの椅子》にも描かれています。このときの画家自身と関連の強い日用品は、それぞれが象徴的な意味をもち、狭くなった身の回りの生活範囲を描き、ある意味でファン・ゴッホの自画像とも見なし得る作品となっています。
ここには再生のニュアンスがにじんでいます。ゴーギャンとの共同生活は破綻しましたが、ゴーギャンとは、友人で画家のエミール・ベルナールも交え、三人の交流は書簡を通して続きます。書簡を通じた交流は1890年7月29日にファン・ゴッホが亡くなるまで続きました。
サン=レミの療養院の庭 1889年5月
とても精彩があり、素晴らしい作品の一つです。光と緑の明暗がよく描かれています。苦しい中で奇跡的に描かれたような作品の一つです。
ゴッホ展 上野の森の美術館 2019年11月
1889年6月
糸杉
うねりが大胆にして素晴らしいです。絵としては今ひとつのようでもあるのですが。しかし、絵心の高まりが素晴らしいです。
糸杉シリーズは、サン・レミ時代に取り組んだ主要モチーフの一つです。
蔦の絡まる幹1889年7月
重厚であり、装飾的であり、タピのようでもあります。完成と筆触の冴えがみられます。
ゴッホ展 上野の森の美術館 2019年11月
The Starry NightSaint Rémy, 6月 1889年
素晴らしい渦巻きと光。月と星のカーニバルです。Momaにて
1889年
Wheat Field with Cypresses
とりわけ鮮明で濃厚に、また絵の具を分厚く盛り上げて、とても充実感のある作品です。
(The Metropolitan Museum of Art, 2018)
1889年9月
刈り入れをする人のいる麦畑 1889 油彩、カンヴァス ファン・ゴッホ美術館 (フィンセント・ファン・ゴッホ財団) Vincent van Gogh Wheatfield with a Reaper Oil on canvas Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
堂々たる作品です。狂気が滲みながらも、とりわけ力強い作品です。明るく活力を回復したように見えます。それとともに、「刈り入れ」は一般に「死」も表しています。テオに宛てた書簡では、暑さのなか刈り入れをする人を悪魔に、刈られる小麦を人間に喩える。しかし続けて、「あらゆるものを美しい黄金色に染める太陽のある白昼」のもとで行われるこの「死」は「まったく悲しいものではない」と述べています。
1889年12月 夕暮れの松の木
冬になると調子が悪くなるのかも知れません。そういえば耳切事件も12月でした。
かなり早いペースで描いた作品です。歪み方がとくに精神状態の不調の目安になっているような印象を受けます。
ゴッホ展 上野の森の美術館 2019年11月
1889年12月 オリーブを摘む人々
病的な感じを受けます。精神病的な雰囲気です。ムンクのような雰囲気もあります。オリーブの穫り入れではありますが、現実感が変調を来し、またもるフォーゼされ、異化され、空疎なものにさえなっています。サン・レミで創作活動が高まり、絶頂にも達し、そして冬には衰退しているようです。充溢から空疎に転化しています。
ゴッホ展 上野の森の美術館 2019年11月
1890年5月
薔薇
薔薇の季節の5月。ちぐはぐなところや少し変わった雰囲気や線や色彩感覚があります。ともかくも明るくなりました。
春になって復活したのでしょうが、それでもやはりよいところいまいちな作品があるものです。このころは退院の時期でもあります。
ゴッホ展 上野の森の美術館 2019年11月
1890年
サン・レミ時代の最後の作品のようです。
糸杉あり、黄金色あり、夜があり、昼があり、太陽あり、月があり、そして自然の芳醇さがあります。
総決算的なところがあるかとも思われる作品です。
ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント 2021年12月 東京都美術館にて
1890年5月 悲しむ老人(「永遠の門にて」)
悲しみ、そして復活の願い。
悲しみと喜びが混じり合ったかのような。
自らを投影したのでしょうか。
ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント 2021年12月 東京都美術館にて
1901年
ポール・ゴーギャン
肘掛け椅子のひまわり 1901 油彩、カンヴァス E.G. ビュールレ・コレクション財団 Paul Gauguin Sunflowers on an Armchair Oil on canvas Foundation E.G. Bührle Collection, Zurich
別バージョンがエルミタージュ美術館にあります。
ゴーギャンの晩年の作品です。ひまわりと肘掛け椅子を描き、ゴッホに想いを馳せていたように思われます。ゴッホが描いたゴーギャンの椅子に対する返歌のようでもあります。とりわけ苦労の多かったゴッホ。そしてゴーギャン自らも歳を重ねるごとに苦労が増したことでしょう。このひまわりはゴッホの描いたひまわりの絵にも似ているものもあります。少し古くなって萎れかかったひまわりです。ゴッホの「黄色い家」に飾られたひまわりの絵の花も少し古かったのですが、ゴッホの方の要点の一つは、ひまわりには無数のタネができるということです。涙ぐましいものがあります。それにたいしてゴーギャンのこの作品では、タネが強調されていません。
自分の椅子にゴッホを乗せて抱えているようにも見えます。この椅子は心の椅子です。あるいは心の椅子からひまわりが咲いているともみれます。
ゴッホ以後の「狂気の軌跡」
ゴッホ以後、絵画に狂気を殊更にじませるようなことが増えていきました。それはゴッホに影響されて、という道筋もあります。
ただそのように考えると、逆にゴッホの絵画の個性が独自のものであるということがより一層浮き立つようにも思われます。
後世の画家たちは、ゴッホの流れを直接引き継いでいるわけでもありません。彼らも、独自の狂気を表現しようとしたのでした。これをゴッホ以降の「狂気の軌跡」としてもみなすことができます。