表参道ソフィアクリニック
彼もまた、フランス・バロック期の大画家達のいわば団塊の一人です。ル・ナン三兄弟の中で特に重要なのがLouisです。ここではLouisを中心に扱います。
下層の農民を描く事で、美術史上重要な作家です。風俗画の先駆けの一人でもあるでしょう。戦争によって荒れ、天候によって大きく左右され、まだ農業技術がさほど進歩しておらず生産力があまり高くなく、泥臭くも、しぶとく生きてゆきます。フランスは、飢餓があまりなくて、貧農であっても、一定の食料にありつけるものです。その意味では、ル・ナンが描く農民は、最貧民ではない農民です。
1642年
ワインとパンは、またしてもステレオタイプな象徴、イエスの血と肉です。カトリックの聖体拝領の儀式(communionコミュニオン)を模しているのでしょうか。コミュニオンとは、同じ宗教を信ずる仲間というような意味もあります。これは、このように集団で分かち合うものという側面もあろうかと思われます。
皆、だいたい顔色が悪いです。
背景に一人の可愛らしい少女が小さく描かれています。こちらを見つめています。これはリアリティがあります。
少年はヴァイオリンを手にしていますが、このヴァイオリンは何を意味しているのでしょうか。
手前の二人の男は対照的です。向かって左側の男は比較的身なりがよいし靴を履いています、向かって右側の男は相当破れかぶれの衣類をまとっていて、裸足です。この右の男は部外者のようです。でも家の中に通されて神妙に着座しています。この男の後ろには、これまたボロを着た裸足の少年が立っています。この男に同行しているのでしょう。
中央の男は、この貧しい身なりの男にワインを勧めているのでしょうか。パンもこの貧しい男の側に近いところに置かれています。この農家は貧しい人を自宅に招き入れて施しをしているのでしょうか。これはイエスが貧しい身なりをして家を訪問してくるのをもてなすというような意味合いとも重なっているようでしょうか。これも皆で分かち合うということです。何か特別な日なのかもしれません。(以上、ルーブル美術館展、東京都美術館2014年春)
1642年
Louis LE NAIN(?)
La Famille heueuse
この農家は最下層ではなさそうです。身なりも極端に悪いわけでもありません。
大きなパンが食卓に置かれています。亭主はワインを掲げるように持って、こちらに笑いかけています。この作品のタイトルは「幸福な家族」ですが、ただ亭主だけはいかにも幸福そうな表情を浮かべています。しかし、なんとなく固まっています。他の家族達は、殊更に幸せそうでも殊更に不幸せそうでもありません。総じてそう悪くはないようです。いい方でしょう。しかし左端の男の子の顔色は良くありません。
(2017.12ルーブル)
Vers 1642
これは貧農の一家を描いています。
ル・ナンの諸作品の中で、もっとも出来栄えが良くて、印象的であり、有名な作品の一つ。
色々な要素が配置されています。
この家族の各人それぞれが哀愁の眼差しをしていて、それがこの絵の特徴でもあります。それが故にこの絵の出来栄えをよくしています。
この絵の中心に描かれている子供もだいぶん貧しい身なりをしています。大変ひどい身なりです。貧乏の極みとも言えるかもしれません。この子は笛を吹いていますが、楽しげな音色は聴こえてこないでしょう。この少年や皆の表情と同じようなニュアンスの音色でしょう。
周囲に描かれている子供達も良い出来栄えです。
ワインとパンにはキリスト教的な意味合いがあります。つまりイエスの肉と血です。大きなパンは恵みでもあり、今日は特別な日かもしれません。心なしか、亭主やその妻などは少し満足げにも見えます。貧しい中でのささやかな満足が得られる特別な日です。日々生きていけることを神に感謝しつつ。聖書には、貧しいことは罪であるとは書いていません。心静かなひとときです。
(2017.12ルーブル)
Four Figures at Table,
1643年
比較的小品ですが、人物がかなり繊細に描かれています。少女が向こうからこちらを異様なまでに一心に見つめているのは何なのでしょうか、全く不明です。そしてそういえば大人二人もこちらを見ています。ただ見つめています。何なのかわかりません。向こうもこちらのことが何なのかわからないようです。俯瞰してみれば、この絵を「観」ている人を、彼女たちは「視」ているのかも知れません。まるでベラスケスの絵のように。それだけにこれは奥行きのある作品です。この古い時代のこの人々でありながらも、この人々と目差しを通じてつながっています。そのような目差しであり、特にこの少女の目差しが強力です!
National gallery, 2020.1