表参道ソフィアクリニック
ピティヴィエ
1612年頃-パリ、1663年)。
ボージャンもまたフランスバロック期の蒼々たる画家達の登場の時期と同じ時期に活動した画家です。なぜ、この時期にこのように多くの大画家を輩出したのでしょうか。彼らはほとんど同世代の人たちなのです。おそらく、フランスの政治・経済・社会の隆盛期にあたって、美術界でも非常に活発な動きがあったのではないかと思われます。
ボージャンはこの当時の絵画界の動きの中心人物とは見なせませんが、その一角を担います。この美術界の流れの中で彼をどのような位置づけるのでしょうか。ボージャンは数少ない静物画によってのみ、その名が知られています。残されている作品数が少ないのに、それにもかかわらず現代では有名です。彼の作品は静謐さも特徴のひとつです。その点では、もうひとつの作品の方が有名ですし、その繊細さにおいて、より優れています。
北方絵画の静物画からの影響もあるし、また事物に意味を込めるやり方も北方絵画的です。
(以上「ルーブル美術館展」2014年春 東京都美術館)
mi XVIIe siècle
Nature morte aux gaufrettes dite aussi le plat de gaufrettes, huile sur bois, 41x52 cm, Musée du Louvre, Paris
全体に硬めな描写です。必ずしも器用でもありません。硬いもの柔らかいものの質感のコントラストがあまり高くありません。全てが硬めであり、そしてまた時間と空間も硬めであり、固まっているかのようです。(ルーブル 2017.12)
Nature morte à l'échiquier, huile sur bois, 55 × 73 cm, Musée du Louvre, Paris
これは描写力に加えて、いくつものアイテムで勝負しています。つまりチェス盤、キングを表にしたトランプ、赤ワイン、ぱん、何も写ってない鏡(ないしは皿)、マンドリンと楽譜、カーネーション、ポーチなどです。これらはそれぞれ意味が付与されている可能性があります。人生の諸相をあらわすものです。キリスト、ヴァニテ、その他。(ルーブル 2017.12)
俗と聖という観点からも読み取ることもできるようです。
俗:つまり人間の感覚です。
・視覚:鏡
・聴覚:マンドリン
・嗅覚:花
・味覚:パン、ワイン
・それでは触覚は?
それとは別のとらえ方もできます。
パンとワインはイエスの血と肉であることは定番です。イエスの肉と血は、パンとワインで表され、マリアはカーネーションであらわされます。カーネーションのひとつはイエスの肉体であるパンとワインを慈しむように眺めています。マリアの愛の象徴なのでしょう。
チェス盤は、宇宙や法則ではないでしょうか。幾何学的宇宙観をあらわしているのでしょう。楽器はヴァニテ(虚栄)の品々の一つです。しかしそれとともに音楽にも法則性があります。楽譜はう法則に基づいた論理的記述です。
ルネ・デカルトは神が創造した科学的幾何学的法則が宇宙や世界を成り立たせていると考えました。デカルトにとっては、神とは幾何学的な神でした。デカルトが『方法序説』を出版したのは1637年です。
また、描かれたトランプは三つ葉のキングです。三つ葉はフルール・ドゥ・リスに形状が似ていて、当時のフランス王権、とくにアンリ4に始まるブルボン朝の象徴でもあります。チェスは権謀術数を表している可能性もあるのではないでしょうか。
簡素という特徴もあります。しかし、画面構成が簡素ではあっても、品々は豪華で贅沢です。チェス盤の金物は真鍮製で豪華そう。ガラス製品も当時は高価であったでしょうし、これは上等そうです。巾着も上等な生地で高級感があります。マンドリンも当然高価です。
この静物画の光景は、貴族的なのでしょうか、それともブルジョワ的なのでしょうか。ブルジョワ的ではないでしょうか。あるいは中流の上。ブルボン朝は重商主義政策を推進しました。
そしてだいぶんたって気がつくのですが、何も写らない黒い鏡が、これらの品々を見つめているようです。この鏡はまなざしのようなものでもあります。
鏡は生命の儚さを表すこともあります。
しかし、この鏡は、それ以上です。この鏡のむこうがわは全くの空虚です。恐ろしいくらいです。暗闇の世界です。(ルーブル美術館展2014年春 東京都美術館)