表参道ソフィアクリニック
ここではとくに20世紀後半に開花した現代美術についてです。アメリカの20世紀前半の現代美術は、フランスを中心としたヨーロッパのいくつかに分化した美術運動の影響が強く、模倣的であったり、若干の展開を見せはしたものの、独自の展開はありませんでした。過去から断絶したような全く新しい展開を見せたのは、この20世紀後半になってからです。これは一気に始まり、爆発的なくらいに隆盛をむかえました。アメリカの戦後に経済、軍事、国力が急伸長しヘゲモニーを獲得しましたが、文化の面でも力強い発展がみられたのと同期しているように思われます。現代美術は、既存の高級文化(ハイカルチャー)に比肩するくらいまでに自らの価値を高めていきました。
しかしその内容といえば、わかりにくいです。20世紀前半のヨーロッパで発展した抽象表現主義にも謎のようなところがあった(これは精神的なものを表現する際に、精神の謎のようなところがあることにも反映しているとは思うのですが)のに対して、この20世紀の後半はより単純なのかより複雑で深いのか、判然とはせずに、むしろ、謎は深まり、謎の謎といったところがあります。
アメリカの現代美術も、行きつくところまでいけば、そこには限界、行き詰まりに突き当たり、やがては衰退する可能性が高いとも思われるのです。それは芸術の発展の最終完成形態でもあり得ません。それは運動し続けなければならず、走り続けなければならず、止まることは死を意味しています。しかし、発展することがなくなる、ということは大いにありうることです。これは芸術家の苦悩の大きな部分を占めてないでしょうか。また作品を観る側にとっても悩ましい原因になっていないでしょうか。また、壁に突き当たるであろうことは、20世紀後半の現代芸術が誕生した当初から早々に予見できたことではないでしょうか。